石綿様形態(Asbestiform)と劈開(Cleavage)
日本の石綿分析方法であるJIS A 1481シリーズの問題点は定性分析であるPart1とPart2の石綿の形態的な定義が異なり、結果が異なる場合がある点である。Part1は国際標準であるISO22262-1の日本語版であり、世界中で利用されている。Part2は日本独自の方法である。詳しくはこちらを参照されたい。
Part1鉱物のへき開(Cleavage)粒子と石綿様繊維構造(Asbestiform)の違いを区別するが、Part2はしない。
使用した試料は、①JAWE511トレモライト標準試料、②鉱物店で購入した由来不明のトレモライト鉱石、③吹付けひる石中に不純物として含有する角閃石系石綿ウインチャイト/リヒテライト、の3点で、それぞれを実体顕微鏡、偏光顕微鏡、位相差分散顕微鏡にて観察した。エックス線回折装置にて粉末試料のエックス線回折チャートを得た。
1.実体顕微鏡観察
1-1. トレモライト標準試料
エックス線回折分析法用なので綿状に見える極めて細かい繊維状粒子。
1-2. トレモライト鉱石
色は薄緑で硬く、きれいな石のようだ。表面にひびが入っており、部分的に長い粒子状に割れている。
1-3.吹付けひる石の中のウインチャイト/リヒテライト
ひる石中の角閃石石綿は繊維束状で微量しか含まれていないので、実体顕微鏡で根気強く探す。バーミキュライトとの違いが分かれば見つけるのは難しくない。
2. 偏光顕微鏡観察
2-1. トレモライト標準試料
直交ニコル 100倍
非常に細かい単繊維で、針状といえるかもしれない。細い繊維とやや太い繊維(それでも縦横比はJISが石綿とみなす基準である3:1以上はある)が混在している。繊維が短く、小さいため柱状や針状のへき開粒子なのか石綿様繊維構造なのか判然としない。
直交ニコル 400倍
非常に細い繊維で一部は繊維束で石綿様形態が確認できる。
左:直交ニコル+530nm鋭敏色板 右:同 鋭敏色板なし
伸長は正、消光角は直消光から斜消光12°くらいまで。
偏光顕微鏡 400倍 分散染色、浸液の屈折率1.620
トレモライトの分散色を示す。
2-2. トレモライト鉱石
左:偏光顕微鏡 100倍 直交ニコル、右:同 +530nm鋭敏色板
すべて劈開粒子で、細長い柱粒子は少なく、石綿様繊維構造はみあたらない。
左右ともに直交ニコル400倍
柱状のへき開粒子。伸長は正、消光角は斜消光約7~11°。
偏光顕微鏡400倍の分散染色モード、浸液の屈折率1.620
柱状のへき開粒子。 トレモライトの特徴と合致しており、石綿ではないトレモライト。JIS Part1では石綿ではないが、JIS Part2では石綿となる。
2-3. 吹付けひる石中のトレモライト
偏光顕微鏡100倍の直交ニコル+530nm鋭敏色板
実体顕微鏡でピックアップしたトレモライト繊維束を偏光顕微鏡で観る。
石綿様形態の束が多く観られる。
400倍、直交ニコル
極細い繊維の束が良く観察できる。消光角は直消光~8°。
400倍、直交ニコル+530nm鋭敏色板
100倍、分散染色
トレモライトの分散色を示す。
3. まとめ
3つの試料には全て角閃石系の鉱物が含まれているが、形状が異なる。針状の短繊維と繊維束(標準試料)、粒子状または柱状(鉱石)、束状の細繊維(ひる石中)が観察された。石綿の発がんの要因の第一は形態と考えられる。JIS法のPart1の偏光顕微鏡観察では、直交ニコルモードで細かい構造が観察できる。鉱石のトレモライトは石綿ではない。石綿様形態と劈開を区別することが重要である。
一方、Part2はアスペクト比(長さと巾の比)が3対1以上のものを「繊維状」として石綿としてしまうことから、これらの区別がつかず全て石綿としてしまう。Part2の分析によればトレモライト鉱石は石綿であり、その販売は労働安全衛生法違反となるはずだ。厚生労働省に見解を尋ねたい。